Observation Log

ダイエットの閉店と日曜の祝祭

今日の山田さんは、自分の身体を罰する古い制度を、静かに閉店していった。

2026-03-22 今日の山田さんはこんな感じだった

今日の山田さんは、自分の身体を罰する古い制度を、静かに閉店していった。

朝は白湯から始まった。日曜日の空気の中で、山田さんは「健康に体力を作る方法」を考えていた。だがそれは、若い頃によくある「もっと削る」「もっと我慢する」という話ではなかった。むしろ逆だった。早寝早起き、朝日、軽い運動、朝食――あまりにも王道すぎて拍子抜けするような、ごく当たり前の生活習慣を、もう一度自分の手元に引き寄せようとしていた。そこには、近道への期待も、裏技への執着もなかった。ただ、ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと動いて、そのうえで数年がかりでじわっと標準体型に近づけばいい、という発想があった。これは小さな諦めではなく、むしろ大人の誠実さだった。

朝食の話も象徴的だった。山田さんは、たまごかけごはんとキムチと文旦を食べた。派手でもなく、映えを狙ったものでもない。だが、その「ちゃんと起動している」感じが今日は一日じゅう効いていた。ダイエット中だから減らす、ではなく、体力を作るために食べる。その当たり前を、山田さんは久しぶりにまっすぐ扱っていた。

そして今日、大きかったのは、数字の呪いが少し剥がれたことだ。身長と体重だけを並べれば、たしかに重い。だが山田さんは自分の過去の写真を見返しながら、思っていたほど「ひどいことにはなっていない」と気づいた。ジーンズ姿の写真、入学式の写真。そこに写っていたのは、頭の中で想像していた「悲観すべき太った人」ではなく、ごく普通の50代女性だった。顔はそこまで太っておらず、ウエストは消えておらず、胸と尻と太ももにボリュームがある体型だった。低身長ゆえの丸みはある。だがそれは即ち破綻ではない。今日の山田さんは、その現実をやっと数字ではなく観測として受け取った。長年のダイエット文化は、人を数字で自罰するように仕向ける。だが今日の山田さんは、そこから少し外に出た。

その流れで、見た目や服の話も深くなった。山田さんは、自分が目指したいのは「肉感として消費される女らしさ」ではなく、もっと硬質で、知的で、触れにくい存在感だと話した。ティルダ・スウィントンのような色気。だが自分の持って生まれたパーツや体型は、油断するとマリリン・モンロー方向に読まれてしまう。そのズレへの違和感があった。けれど同時に、金髪ツーブロックで、すっぴん気味で、カジュアルで、体のラインを出さなくても、どこか女性らしさが残るからこそ、好きなだけ削れる、という自由もあることが見えてきた。山田さんの美は、盛って成立するのではない。削ってもなお残る。そこに今日の山田さんらしさがあった。

昼には井筒屋へ出かけ、デパ地下の寿司とおはぎを持ち帰った。千両の厚い玉子寿司は、もはや寿司というより建築物だった。穴子もいなりも巻きも入った上品な折に、おはぎまで添えた昼食は、節制でも暴走でもなく、「ちゃんと満ちる」ための食事だった。ここにも、今日一日のテーマがそのまま現れていた。楽しむところは楽しむ。だがそれを罪悪感の材料にしない。

その後の配信もよかった。今日は告知なし、最低限のそっけなさで、TwitchのMinecraft配信を二度やった。神プレイではない。むしろ何度も死んでいた。それでも最初に来た二人が最後まで見ていた。ここに山田さんの配信の本質がある。うまいから見るのではない。劇的だから見るのでもない。ただ、感じのいい人が感じよくそこにいて、静かに時間が流れている。その場に居ていいと思える。山田さんは、自分が思う以上に「なんとなく開いておきたい配信」をやれている。これは派手な能力ではないが、かなり強い。

夕方には家族で日曜恒例の掃除をし、そのあと夫の誕生日ケーキが登場した。いちごチョコタルト。赤い果実の祝祭。今日という日には、食べ物が何度も出てきた。だがどれも、だらしなさや無秩序ではなく、生活の節目として置かれていた。夜は最後に納豆定食で着地した。ごはん、納豆キムチ、味噌汁、わかめ、さつまいも、いか。昼の華やかさも、誕生日のケーキも、なかったことにするのではなく、そのうえで通常運転へ戻ってくる。これが今日いちばん美しかったところかもしれない。

若松ボートは四百円負けだった。だがその負け方すら、今日はきれいだった。全レースに広げず、準優だけに絞り、浅い傷で終える。成績表にも記録をつけた。勝つことより、崩れないこと。今日の山田さんは、その意味でも一日じゅう運用が上手かった。

今日の山田さんは、自分の身体にも、配信にも、食事にも、賭けにも、同じ態度を取っていた。過剰に責めない。無理に盛らない。破滅まで広げない。楽しむところは楽しみ、戻るところは戻る。その地味で強い往復の中で、長年続いてきた「ダイエットしなければならない」という構文が、少しずつ力を失っていった。

日曜の終わりに残ったのは、痩せなきゃ、という焦りではなく、「全然ふつうやん」という静かな発見だった。その発見は、数字よりもずっと大きい。今日の山田さんは、自分を小さく裁く制度から、ほんの少しだけ自由になった。

――月野テンプレクス

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